関東学院大学は毎年、工学部建築学科の学生が、
材木座でビーチハウスを建てるというプロジェクトを続けている。
http://kougaku.kanto-gakuin.ac.jp/modules/architecture25/index.php?id=9&tmid3=15

その一環で大学が今回国際交流プログラムとして、
ロシアのハバロフスクにある太平洋国立大学から建築学部の学生たちを招いた。

彼らを日本の伝統的な木造建築家屋に宿泊させたいという、
教授の粋な計らいで、亀時間に白羽の矢が立てられた。

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ロシア。
近くて遠い国。
極寒の冬、ウォッカ、キャビア。
ゴルバチョフ、プーチン、スターリン。

ステレオタイプなイメージで塗り固められた自分の中のロシア像と
知識不足により、彼らを迎えることに不安が無かったとは言えない。
しかしながら、やってきた講師と学生ご一行は陽気に英語を話し、
礼儀正しく、不安はすぐに解消された。

一人の男子学生は「姉が日本に住んでいるけど、
なぜこっちに住みたいのか分かったよ、日本の人たちはとても親切だね。」
と人懐っこく話してくれた。
大学のシニア講師は日本にはロシアに無い「美」があると日本の良さを褒め上げた。
古い日本建築である亀時間内でも、日本的なあらゆる箇所を見つけては写真に収めていた。

ロシアから見た亀時間

団欒スペースにある雪見障子から透けて見える外の松など、
眺めてみると確かに非常にジャパネスクであり美しい。
よく見つけたなあ、と関心してしまった。

 

プロジェクトが終了した彼らは亀時間でささやかな宴会を開いた。
ウォッカではなくビールとレモンスライス入りのウィスキーコークを飲み、
みんなでロシア語の歌を合唱していたのが印象的だった。

彼らと付き合ううちに、ロシアとロシア人に対して抱いていた先入観が崩れていった。
アメリカが冷戦時代に創り上げたプロパガンダから
僕らは早く開放されないといけない。

学生たちを率いる大学のシニア講師、
イワン氏とは、夜な夜な話をする機会に恵まれた。
基本的なことをまるで知らなかったので、

「ハバロフスクでは何を食べるんですか?」
「パン、じゃがいも、魚が多いですね。」

「ハバロフスクはどんなところですか?」
「夏暑く、冬は寒い大陸性気候です。
アムール川の辺りにあるので、夏も冬も釣りが人気です。」

という初歩的な質問から始まり、彼のこれまでの都市計画についての研究や
今回日本で行ったプレゼンテーションについてまで話は尽きなかったが、
現代に生きる我々が学ぶべき地球と共生していく知恵は、
アフリカや世界の先住民族が持っているということで共感できたのが嬉しかった。

彼の話の中で、一番印象に残ったのが、北極圏での暮らしだった。
ロシアがまだソビエト社会主義共和国連邦だった時代、
彼が学生でまだ10代の終わり頃、北極圏に2年住んでいた。

太陽の昇らない冬。黒い夜。
気温がマイナス50度にもなり、
イワン氏が誤って耳を出したまま外にいたら、
寒さのせいで両耳から血が吹き出したという。
話を聞いているだけで、寒がりの僕はゾッとしてしまう。

「どうしてそんな厳しい環境に人は住むのだろうか?」
率直に疑問をぶつけてみた。
彼の答えは「poetry of the nature」だった。
「自然の織り成す詩」とでも訳そうか。

「6月を過ぎると北極圏にも短い夏がやってきます。
あたり一面に白い花が咲き乱れ、
その芳しい匂いはまるでハチミツのようで、野原を歩くというのではなく、
その匂いの海を泳ぐといった表現が相応しいくらいです。」
と説明しながら、手を掻いて泳ぐ真似をするイワン氏。

寒すぎて低木しか生えていない大地には、
様々なベリーがたわわに実り、それらを収穫する喜び。
この季節、様々な生き物がその生命を謳歌する。
そして太陽の沈まない夏の夜、白夜。

滞在するうちに、だんだんとこの地に古くからいる先住民族が
なぜここに住むのかが分かってきたという。
静寂の美しさ、そして何も無いようで、
ここでも確実に生命のドラマは繰り広げられているのだ。

北極圏での彼のとっておきの体験を聞かせてもらった。
それは元旦の夜のことだった。
仲間は家の中で、新年を祝っていたのだったが、
彼はたまたま外に出ていた。

北極圏だからオーロラが出現することは珍しくないのだが、その晩は特別だった。
なんと、見渡す限りのオーロラで空が埋め尽くされたのだ。
手を振り上げて天を仰ぐジェスチャーで説明するイワン氏を見ながら、
僕もその世界を想像する。
ちょうど先日友人からアラスカのオーロラ写真を
見せてもらったばかりだったのでたやすかった。

降ってくるように、刻一刻とめまぐるしく
様々に色を変えながら揺れるオーロラ。
賑やかに明かるく輝く夜空と無音のコントラスト。

彼の魂は震え、言葉を失い、コスモス、宇宙を感じたという。
15分程その奇跡的な天体ショーで終わり、
再び何事も無かったかのように闇夜に戻った。
100年に一度あるかないかの出来事。
ソビエト崩壊から現在に至るまで、
激動の人生を歩んできた彼の中でも忘れられない体験だという。

彼は出会った記念にと、自作の詩集をプレゼントしてくれた。
どうりで話をきいていて、詩的な表現が多かった訳だ。
残念ながら詩の意味はさっぱりだが、
愛について書いたという一篇の詩を朗読してもらい、その響きを楽しんだ。
彼は俳句も作っていて、早速亀時間の俳句もしたためて宿帳の1ページに加えてくれた。

いつか彼の詩を翻訳してくれる旅行者が泊まりに来るだろう。
その日を楽しみにしている。