まだ20代の彼は、自分を船乗りだと言った。
その名乗り方が、男心に格好良く響いた。

彼は船会社に勤務しており、
海の上で1年の3分の2以上を過ごす。
乗り組んできた船は、大型コンテナ船や数種のタンカー。

久々の休みに亀時間へ訪問してくれた。
海が好きで、マリンスポーツを楽しみに鎌倉に来たという。

話を聞いていると船乗りの世界は知らないことばかり。
好奇心が駆り立てられて、質問攻めにしてしまったが、
気持よく何でも答えてくれた。

以下はその抜粋。
現役であることの都合上、フィリップさんと仮名で呼ばせてもらう。

マサ:「いろいろ知りたいので話を聞かせてください。
まず、タンカーってどれくらいの大きさなんですか?」

フィリップ(以下フィ):「はい、色々な種類のタンカーがありますが
原油タンカーで全長が330m程です。」

マサ:「ということは東京タワーとほぼ同じ長さですね。デカイなあ。」

マサ:「最高時速はどれくらいですか?」

フィ:「原付バイクよりも遅いですよ。25km/h程度ですかね。」

マサ:「結構ゆっくりですが、簡単には止まれないんですよね。」

フィ:「一度走り出したら簡単に止まれません。
急ブレーキをかけても3km以上は進んでしまいます。
実際にはもっと手前から速度を落としていきますけどね。」

マサ:「船の上での仕事ってどんな内容なんですか?」

フィ:「今は三等航海士として、一日2回、合計8時間船の舵を預かります。」

マサ:「よくアニメであるように面舵いっぱいーってやっているんですか?」

フィ:「昔の帆船のような丸い大きな舵輪ではないです。今では、車のハンドルのような
小さな舵輪から電気信号を送って操舵します。
僕は計器と周囲の景色を観測しながら、ペアを組む甲板手に指示を出しています。」

マサ:「船の旅って贅沢だなあと思います。どこかに行きようがないから、
強制的にのんびりになりますよね。」

フィ:「お客様として乗船すればその通りですが、乗組員は大変です。
僕は8時間の当直以外にも多くの雑用があり、また勉強もしなければいけないので、
一日17時間くらい働いてます。毎日とても忙しいです。
まだ要領が悪いという部分もあるでしょうが。
寝ている時以外はずっと仕事をしてますね。」

マサ:「それは大変だなあ。トラックなど大型車を運転すると、
自分が大きくなったと勘違いして強気な運転をしてしまう人がいますよね。
タンカーを操縦するときは、やっぱり最高に偉くなったような気分ですか?」

フィ:「とんでもないです。周りに他の船がいないかを気にして、
いつも緊張してますよ。」

マサ:「そんなものですか。行き先は原油を運ぶタンカーだと
やはり中東が多いんですか?」

フィ:「そうです。ただし、タンカーは最終目的地がどこだか
分からないままに中東方面を目指すこともあります。
ロンドンの商品市場などで、クライアントの契約が成立した段階で、
連絡が入り、『サウジアラビアに行け!』、とか『イランだ!』
と港が決まるのです。」

マサ:「そんなのありなんだ。飛行機だったらあり得ないなあ。
ところで、航海しているとイルカやクジラに出会いますか?」

フィ:「イルカやクジラの群れに出くわすことは珍しくないですね。
イルカはよく船と一緒に飛び跳ねたりしています。
でも一度だけ不思議な光景を見ました。
20~30頭のイルカがみんな尾びれだけを海面から出して
ヒラヒラと動かしていたんです。」

マサ:「へぇー、逆立ち我慢比べ大会ですかねえ(笑)
寝ていたのかなあ。」

フィ:「港の沖で錨泊中とかに釣りをすることがあるんですけど、
インドネシア近海でイルカを釣ってしまいました。すぐに海へ返しましたけど。」

マサ:「タンカーの上から釣りってだけでも凄いのにイルカ釣りですか!
フィリップさんは『イルカに乗った少年』じゃなくて『イルカを釣った青年』ですね。
古くてすいません(笑)。
船で航海するときの危険といえば、やはり海賊ですが、
昔から有名なマラッカ海峡だけではなく、最近はアフリカのソマリア沖も
危険ですよね?」


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フィ:「ソマリア沖のアデン湾は特に危険です。そのあたりを通るときは、
軍艦に護衛されて10隻程の隊列を組んで航行します。船によっては、夜間ずっと、
船外に向かって放水しながら海賊を寄せ付けないようにしています。
それでも海賊は死角を探してやってきます。
新聞沙汰にもなりましたが、つい先日もある日本の船が海賊に乗っ取られました。
乗組員はみな無事でしたが、解放されるまでの数ヶ月どうしてたのかわかりません。
昔でいう奴隷のように働かされてたのかもしれません。」

マサ:「怖い!奴隷は絶対イヤだな。襲われることはめったに無いとはいえ、
命がけの仕事ですね。海賊って、昔からいる訳だけど、
その地域ではひとつの職業みたいなものなんですかね?
『先祖代々、我が家は海賊だ。お前もダラダラしてないで
夜は父ちゃんと一緒に船を襲え!』みたいな。」

フィ:「ある地域では昼間普通の漁民として生活しながら、
夜になると海賊に変身する人々が暮らしてるそうです。
生活の一部になっているようです。」

マサ:「ところで船に乗っていて不思議な体験をしたとかってあるんですか?」

フィ:「そうですねえ、インドネシアにハルマヘラ島という
面白い名前の島がありまして。そのあたりの海域には何かがあると思いますね。
何度もそこで不思議なことが起こりました。


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ある晩のこと、ハルマヘラ近海を航行中に海を観測していたら、
突然夜空を東から西へとものすごいスピードで飛び去る光を見ました。
流れ星のように尾を引く訳でもなくて、距離ももっと近かったんです。」

マサ:「いわゆるUFO(未確認飛行物体)だ。」

フィ:「セントエルモの火って知っていますか?」

マサ:「セントエルモの火って、船のマストの上なんかに現れるという
不思議な炎のことですよね。セントエルモスファイアって洋楽の歌もあったな」


※セントエルモの火とは昔から船の幸運をもたらすと言われる青白い炎のこと。
「尖った物体の先端で静電気などがコロナ放電を発生させ、
青白い発光現象を起こすこと(ウィキペディア)」と物理的な説明もついている。

フィ:「セントエルモの火も、ちょうどその海域を通ったときに、
タンカーの船首付近に見ました。」

マサ:「それはどれくらい珍しいんですか?」

フィ:「めったに見れるものではないです。
10年以上船に乗っているフィリピン人達も、皆知らなかったですからね。」

マサ:「海の上は満点の星空で最高でしょうね」
フィリップ:「そうですね、もう特別なものではないですけど。
でも南半球の星空は北半球よりも綺麗だと思います。」

マサ:「南半球は陸地が少ないから、空気が澄んでいるんですかねえ。
僕もアフリカを旅しているときは南十字星やさそり座などをよく眺めてましたよ。」

フィ:「さそり座のアンタレスは赤くて分かりやすいので、
僕も航海中は、方角を確認するときの目印にしていますよ。」

マサ:「さそりの心臓の部分ですね」

フィ:「南半球といえば、オーストラリアの南側を航行中に、
進路前方に巨大な虹が出まして。」

マサ:「虹って実は2重に出来るんですよね。外側はちょっと薄いけど」

フィ:「その虹は2本とも太くてくっきりしていて、
しかも船がその虹の立ち上がる根元箇所を通過したんです。」

マサ:「えー、そんなことってあるんですか?!虹の向こう側って行けるんですか?」

フィ:「なんか、行っちゃいましたね。」

マサ:「♪虹の彼方には青い鳥が飛んでいる♪と歌う
「Over the rainbow」という有名な曲がありますけど、
虹の向こう側には行けないからこの歌の歌詞があると思ってましたよ。
虹の向こう側に行って幸運を掴みましたか?」

フィ:「それはどうなんでしょう(笑)。
他の不思議な体験としては、僕自身ではないですが、
ある船長さんから神秘的な出来事を聞いたことがあります。


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インド洋のスリランカ南方をマラッカ海峡に向かって航行中、
闇夜のなか、自船の進路からまっすぐ水平線の彼方まで、
海の上に光の道が現れたそうです。
まるで海中に海底都市でもあるかのようにキラキラと光輝いて。」

マサ:「へえー、そんなことがあるんですか。
僕はアフリカのザンジバル島で満点の星空の下、夜光虫が海面一体に輝いているという
幻想的な風景を見たことがありますけど、
夜光虫はもっと淡い光ですから違うでしょうね。
グラハム・ハンコック氏の『神々の世界』という本に書いてありますが、

インド洋の海底にも古代文明の遺跡が沢山沈んでいますから、
もしかしたらねえ。でも不思議ですね。
 そういえば、素朴な質問で恐縮ですが、船で病気になったらどうするんですか?
『どなたか、この中にお医者さんはいませんかー』って
飛行機みたいに探す訳にもいかないし。」

フィ:「僕も船舶に乗り込む衛生管理者という資格を持っていて、
盲腸の手術をすることは資格上出来るんです。」

マサ:「それは凄いですね。」

フィ:「でも、船で対応できないような患者がいれば、ヘリコプターを呼んで
近くの国の病院へ搬送してしまいますね。」

マサ:「この仕事をしていて楽しいのはどんな時ですか?」

フィ:「うーん、船を降りたとき(笑)。
というのは冗談ですが、3,4日続いた嵐の後、
すっかり穏やかになった海と青空になったときは、やはり嬉しいです。」

マサ:「4日続く嵐って辛いなあ。昼も夜もずっと激しく船が揺れ続ける訳でしょ。
想像もできないし、想像したく無いです。子供の頃、東京湾フェリーで
川崎から木更津に行ったんですが、ちょっと時化て船が揺れ続けまして。
ゲーゲー吐いて、逃げ場も無くて、そんな短距離なのに
二度と船には乗るもんかと当時は思ってました。」

フィ:「揺れもある程度は慣れますけどね。最初は一日中吐いてたときもありました。
今では、衛星を介して天気予報を受け取れられるので、例えば台風しそうな時などは
早い段階から針路を変えて避けます。多少の荒天ならそのまま進んでしまうこともあります。
船が大きく揺れる悪天候だとベッドで寝ていても壁に頭をぶつけて目が覚めたりします。」

マサ:「やっぱり大変な仕事だ。僕には絶対に無理です。」

フィ:「大学での帆船訓練ではマストの上に登ったりします。
海面から約50mも上なので、船が自分の足と同じくらいの大きさに見えます。」

マサ:「ビルに換算すると15階以上ありますね。聞いているだけで足がすくみます!!
やっぱり僕は海の男にはなれないな。
今日は、いろいろ珍しい話をしていただきありがとうございました。」

世界は広いというとき、
僕たちは通常、陸地の世界のことだけを想定している。
しかし、地球は海が7割を占めており、陸地のほうが圧倒的に少ない。
そこには陸でしか生きられない僕たちの知りえない広大な世界が広がっており、
彼が体験したような不思議な現象が今日も起きているに違いない。

※写真は全てイメージです。