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旧暦では現在夏の真っ只中。
太陽と雨の恵みで草木がぐんぐんと伸びる季節ですね。
亀時間の小庭でも、愛でるために育てている植物だけでなく、
雑草と分類される植物たちの勢いが旺盛です。
そこで草むしりの出番となります。

草むしりは、はまり込めば瞑想的でもあり嫌いではないのですが、これがなかなか地味な作業。
どうせまた生えてくることが分かっていながらやる不毛感もあるし、達成感を抱きづらいのです。
これを何とか楽しめないかと草を抜きながら考えていたら、
写真をビフォーアフターで撮れば、違いが分かってやりがいを感じられるのではないかと思いつきました。

サンプルは亀時間の裏庭。
ゼニゴケはそのままに、目立つアカカタバミやオオバコ、ドクダミなどを抜き取って取っていきます。
アカカタバミは実が成ると弾けて四方八方に飛んでいくので、その前に抜かないといけませんが、
細い地下茎をずんずん伸ばしながら生息域を広げていく強者です。

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さて、こちら作業前です。

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こちら作業後。やはり草むしりをしたほうがスッキリした印象を受けます。

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更に、どこまで念入りにやればいいのか、完璧を目指すべきなのかどうかを判断するために、
一旦終わったと感じた後に更に5分ほど作業を続けた後の写真がこちら。
違いが分かるでしょうか?

1枚目から2枚目は明らかに違いが分かりますけど、
2枚目を80%、3枚目を100%の作業とした場合、その差はほとんど感じられませんね。
つまり100%を目指すのは、ほぼ自己満足と言えそうです。
暇ならそれでも良いのですが、庭いじりだけが亀時間の仕事ではありません。
全体の仕事を上手に回していくためには、余計な5分を他の作業に充てるなり、
休憩するなりしたほうが良いことが改めて裏付けられました。

自分は完璧主義ではないと思っていますが、
ときどき集中スイッチが誤作動を起こして、余計なところにエネルギーと時間を注いでしまいます。
一度その状態になったらやりきらないと気が済まないのですが、
今回の教訓を元に、何ごともほどほどで良いんだよということに意識的にいたいものです。
それがひいては心地良い人生の秘訣のような気がします。

この結論を導き出して悦に入っていたら、
今年の1月にバリ島を訪れたときに運転手のゲデさんから聞いた話を思い出しました。
バリの人たちがいつも精霊などに捧げものをするのはどうしてなの?
と素朴な質問をしてみたところ、こんな答えを返してくれました。
「僕らは善と悪の二つのエネルギーのせめぎあいでこの世界は出来ていると考えているんだ。
悪のエネルギーをゼロにすることは出来ないから、うまく折り合うために捧げものをして、
悪さをし過ぎないようにお願いするのさ。」
バリに滞在することの心地良さとは自然の美しさはもちろんですが、、
力まずに全てと程良い折り合いをつけて生活をしているバリの人たちの
自然体が基盤になっているのだと認識を新たにしました。

そんなバリヒンドゥーの考え方に触れて、
悪はやっつけるもの、出来れば徹底的にやるべきという盲目的な信仰が自分にあることにも気が付きました。
子供の頃にヒーローもの、戦隊モノのテレビ番組を見過ぎたせいかもしれません。
善悪にものごとを分類する以上、悪というものがゼロになることはない。
そうだとすれば、ほどほどに付き合っていくほうが自然というもの。
もちろん雑草は悪ではありませんが、これからもボチボチ付き合っていきたいと思います。

<MASA>