9月11日。
世界中のみんなが忘れてはならないメモリアルデイ。
もちろん、東北の大震災からちょうど6ヶ月でもあります。

女将ボランティアSが、夕方亀時間に出勤した僕に向かって、
開口一番「今日アメリカから来たお客様は、頭を剃っていてお坊さんみたいですよ。」
と教えてくれました。
「へぇ」と生返事したものの、ちょっと考えました。
待てよ、坊主だから僧侶とは限らないぞ。
もしかしたら、暴力大好きな極右スキンヘッズの一員かも知れない。
あるいはテロを企むタクシードライバーかも。
「デニーロはモヒカンだよ」っていうツッコミを各自入れてもらって。
閑話休題。
まあどっちに転んでも興味深いお客様であることに変わりはありません。

しばらくすると噂の本人が外出先から帰亀。
彼の顔を見て、スキンヘッズではないとすぐに分かりました。
服装もビスだらけの革ジャンではなく、
紺色の作務衣を着こなし、草履を履く姿は確かにお坊さんのような出で立ち。
メガネをかけた柔和な笑顔からは平和を愛する気持ちがにじみ出ています。

早速話しかけてみると、なんとアメリカの北西部オレゴン州から修行にやってきた仏教僧でした。
頭髪を綺麗に剃り上げた白人男性、僧名は「竜心」。
オレゴンで古い廃校を改装したお寺で9年前から修行。
2005年に得度してお坊さんになりました。
現在は州都のポートランドに住みながらお寺運営のお手伝いをしています。
この宗派は最近もう一つお寺を作ったのですが、そちらはなんと教会を改装したとか。
仏教がオレゴンの片田舎に広まっているとは驚きました。
お寺の一番偉いお坊さんもアメリカ人だそう。

彼は尺八も修行しています。
日本の街頭で演奏していると奇異の目で見られることが多いと嘆いてました。
そりゃあ、白人で坊主頭が尺八持っているだけで、みんなビックリでしょう。
彼の尺八は日本で何年間も修行して作り方を習った西洋人の手によるもの。
その職人さんは残念なことに去年亡くなってしまいました。
主人不在の里帰りのような意味を込めて、
「この尺八を日本に持ってくるのは初めてなんだ。」
と語ってくれました。

アメリカ人が日本の伝統楽器、尺八を吹くのは珍しいけど、
僕も日本人だけど、ムビラというジンバブエの伝統楽器を弾くよと言ったら、
何と、彼の修行仲間がマリンババンドをやっていて、
バンドの先生はムビラを弾くというではないですか。
(ちなみにマリンバとムビラはどちらもアフリカの楽器で遠い親戚のような関係です)
アメリカ西海岸にはムビラコミュニティがあるという話は知っていましたが、
まさか亀時間でそこに繋がるとは。

女将ボランティアSが、気をきかせてフロントから僕の愛用ムビラを持ってきてくれました。
「実は僕のムビラの先生も去年亡くなったんだよ。
今日は9月11日で、アメリカが長い戦争を始めるきっかけを作った事件の日だし、
東北の大震災からちょうど半年。
全ての亡くなった人々の為に演奏をしよう」と、ムビラ伝統曲のネマムササを弾き始めました。

竜心さんに僕に合わせてと頼むと、すぐに乗ってきてくれました。
ムビラは音階が特殊なので、他の楽器に合わせることは出来ないのですが、
尺八で器用に僕のムビラの音階に合わせてくれます。
そして普段ではやらないようなスタッカートなど、リズミカルな吹き方を織りまぜてジャム・セッション。
気づけば偶然やってきたカフェのお客様が演奏に聞き入っています。
彼が上手なので、とても楽しく合奏ができました。
聞けばもともとサックスをやってたそう。

その後、尺八の名曲を2つほど披露してくれました。
そしてものすごく上手なのにビックリ。

彼が波の音だという冒頭の低音フレーズを奏で始めると、
場の空気が一変に変わりました。
そこにいた人たち全てが尺八の音の世界に引きこまれていきます。

5分、いや10分近く経ったでしょうか。
彼が演奏を終えると、静寂の中に「リーン、リーン」と、
鈴虫の音だけが亀時間に響いていました。

演奏の前から鳴いていたのでしょうが、
耳の感覚が研ぎ澄まされて、虫の音にチューニングがしっかり合っている感じ。
いつの間にか、普段とは違う意識になり、自分がとてもリラックスした状態になっています。
尺八がこれほどパワフルだとは思いませんでした。
そして、思い出したようにみんなが拍手。

頼まれると嫌な顔を一つせずに、もう一曲演奏してくれました。
演奏に耳を傾けながらも、ふと窓の外に目をやると、
東の空から十四夜の明るい黄色の月が昇ってきました。
翌日は中秋の名月。

尺八の枯れた音色、十四夜の月、鈴虫の音。
古来より日本人が愛でてきた世界が亀時間に再現されていました。
もちろん古民家の空間だからそれらが似合うことは言うまでもありません。
「ここで、この瞬間」にしか味わえない贅沢な時間です。


演奏終了後は、アメリカ人相手に日本人が尺八の初歩的質問を投げかけます。
外国人に教わる日本の文化。でも、これぞゲストハウスの醍醐味!

そして、竜心さんは頼まれもしないのに「アメリカ人として、
原爆を落としたことをごめんなさい」と謝ってくれました。
アメリカ人には沢山会ってきましたが、
こんなことを言われるのはもちろん初めて。
僕達は第二次大戦を体験して知っている年代ではないですが、
その気持ちがとても嬉しかったです。

亀時間に2日間滞在した後、
竜心さんは朝早く、宮城県の石巻へ復興支援へと旅立っていきました。
その後石川県で修行して、帰国する予定。
彼は日本とアメリカの架け橋になりたいという希望を話してくれました。
アメリカ人でありながら、仏教に帰依し、美しい尺八の音色を奏でる彼の存在自体が
まさに太平洋にかかる架け橋そのものではないでしょうか。

<MASA>